10.23
竹鶴政孝の軌跡をたどるジャパニーズ・ウイスキー誕生の旅(その3)~リタとの結婚、そしてキャンベルタウンへ~
前回に引き続き、竹鶴政孝の足跡を追っていきたいと思います。
前回、リタとの出逢いについて書きました。
そしていよいよ結婚、まもなく研修のためにキャンベルタウンへと移り住みます。
二人が過ごした街、キャンベルタウン
竹鶴政孝とリタとの出逢いが1919(大正8)年の夏、結婚したのは翌年の1月、出逢ってから半年もたたず結婚しています。
リタの母親をはじめ、周囲の反対があって、結婚式は挙げられなかったのですが、グラスゴーのカルトンの登記所で、結婚の宣誓を行います。
グラスゴー中心部に近いカルトン地区
周囲の反対にもかかわらず二人が結婚を急いだのには、理由がありました。竹鶴政孝は、キャンベルタウンのヘーゼルバーン蒸留所で数ヶ月の研修が決まっていたのです。
その数ヶ月間を二人が離ればなれに過ごすのは耐えがたかったのでしょう。
さて、二人が新婚生活を送ったキャンベルタウンはどんな街でしょうか。
現在のキャンベルタウン
キャンベルタウンは、グラスゴーの南西、直線距離でおよそ100km離れたキンタイア半島の先端部に位置する街です。かつては、ウイスキー産業のほか、漁業、造船、炭鉱で栄えました。
「ウイスキーと私」には、当時のキャンベルタウンの人口は7千人と記されていますが、2020年6月30日の推計人口は4500人、当時から2500人減少しています。
20世紀初頭のスコッチウイスキー産業の中心地であり、最盛期には34ものウイスキー蒸留所があり、世界のウイスキーの首都とも呼ばれ、ローランド、ハイランド、アイラ島に並ぶ4大ウイスキー名産地の一つにも数えられていました。
これは、当地が北米に向かう船舶の寄港地であり、ウイスキー生産地として好都合の立地条件であったことも理由となっています。
1930年代半ばまでに蒸留所の数は2軒に減り、今では復興した1軒と併せて3軒の蒸留所が残るのみとなっていますが、なぜウイスキー産業は衰退したのでしょうか。
品質より量を重視した生産によりキャンベルタウンのウイスキーが粗悪品と見なされたことや、二度にわたる大戦、アメリカ合衆国の禁酒法および大恐慌が原因とされています。
竹鶴政孝が新婚生活を送っていた頃にはすでにその影響を受けていたと思われ、「ウイスキーと私」にはキャンベルタウンの蒸留所は往時の半分以下の「15,6の蒸留所がこの小さな街にひしめいていた」と書かれています。
では、竹鶴政孝が学んだヘーゼルバーン蒸留所は、どのような蒸留所だったのでしょうか。
ウイスキー界のバイブルとも呼ばれるThe Whisky Distilleries of The United Kingdom(英国のウイスキー蒸留所、未訳)を著したアルフレッド・バーナードは、この本でヘーゼルバーンは「17世紀に創立された」と書いています。ヘーゼルバーンはキャンベルタウンの失われた蒸留所の中でも最大にして最も重要な蒸留所であったと言われています。
竹鶴政孝が研修していた頃、ミルノウ・ストリート(現在のミルノウ・ロードか?)に建てられていたヘーゼルバーン蒸留所には6000ガロン注をくだらない容量のウォッシュバック(発酵槽)と3基のスティルがあり、7000ガロン注のウォッシュスティル(モルトウイスキーをつくるためのポットスティルのうち、最初のスティル。初溜釜)はキャンベルタウンで最大だったそうです。
そして、蒸留所は理論上年間25万ガロンのウイスキー生産が可能であり、9つある倉庫には50万ガロンのスピリッツを収納することが可能でした。
そんなヘーゼルバーン蒸留所も1920年にグリーンリース&コルヴィルからマッキー&Coに売却、1925年には閉鎖に追い込まれてしまいます。竹鶴政孝が学んだわずか5年後のことでした。
現在、同じくキャンベルタウンで操業を続けるスプリングバンク蒸留所がヘーゼルバーン蒸留所のウイスキーを復活させました。ノンピート麦芽を使用し、3回の蒸留でつくられるシングルモルトで、1997年に製造を開始しました。
スプリングバンク蒸留所の位置
さて、研修を終えた竹鶴政孝は1921(大正10)年、愛妻リタを伴って、アメリカを経由し、いよいよ4年ぶりに日本に帰国することになります。
注 1英ガロン=4.54609リットル、6000ガロンはおよそ2万7000リットル、7000ガロンはおよそ3万2000リットル
<参考>
・【0273夜】アルフレッド・バーナード/ウイスキー界のバイブルとは~その①,土屋守のウイスキー千夜一夜,TOKYO WHISKY & SPIRITS COMPETITION https://tokyowhiskyspiritscompetition.jp/magazine/senyaichiya_0273/
・Lost Distilleries―ヘーゼルバーン,WHISKY Magazine http://whiskymag.jp/
・ヘーゼルバーン10年,Whisk-e Ltd. https://whisk-e.co.jp/products/hazelburn10y/
・竹鶴政孝著,ウイスキーと私,NHK出版,2014年
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』